The Doors に捧ぐ!

« Jimの言葉が熱すぎて、音となって溶けてしまった.

その炎の燃えのこりが、今でも熱く、じわじわと、

コンクリートの谷間で彷徨う者たちの胸をしめつける.

どうしようもない肉体を引きずりながら、

ミクロなアトムがうごきだす.

まるでオリのなかの魚が喘ぐように、水と空気の酸素が入れ違っているように、

世界がさかさまになっているように感じながらも、

喉が乾いたとかぼそく、慎ましく喘ぐ君、

僕のように半透明人間になってしまった者にも、君の気持ちがよくわかる.

君さえよかったら、

透明になってしまったこの両手で君のために水をくんでくるよ.

アー、とてもあつくて、

水が僕のなかで音となって飛び散って行く. »

                    ーTakagi-pages Hysaoー

  こうして自作の詩を人前に出すのは、気恥ずかしいが、これで4度目です。1度目は小六のときベルレーヌの詩集を読んで、書いてみようと思いました。そして、初めての詩と言っていいようなものが、なんと毎日新聞の小学生部門で全国2位になったのです。
一番驚いたのが当の本人で、いろんなプレゼントが賞品として毎日新聞社から送られ、活字になったのをみたにもかかわらず、両親以外には誰にも話さず、それ以来、詩を書いたことさえ隠し続けた。嬉しい反面、何もわからない初心者がまぐれで賞をもらったことに、戸惑いと罪の意識まで感じていたようにおもうのです。
  ずっと後になってから、また書きはじめました。それは、ダンスの創作のためで、拙いフランス語で書いた詩を元にして、2つの作品をつくりました。フランス人なら選ばない言葉を、外人だからこそ出来る感覚で使っているのがおもしろいと、褒められているのかけなされているのかわからないようなことを言われました。
  そして、これが4度目です。これも、ダンスの創作のために書きました。というのは、あの懐かしき »The Doors »の音楽を使うことにしたからです。彼らの音楽を聞きながら、ボーカリストであり、作詞家(詩人)でもある ジム モリソン の歌に、あるところまで行ってしまった人の叫びが聞こえます。この想いが、こうなって詩として現れました。
  60年代後半、70年代は、わたしの青春時代です。その頃、日本は高度経済成長期の中、若者たちは、学生運動、あの »ピース&ラブ”を掲げるヒッピー、多くのロック、ポップス、フォークソングのグループの出現など、そのどちらにもはしらなかった若者でも、少なからず時代の子であることから逃れられなかったと思います。
  21世紀の今、日本の社会はブルーカラーが減少しホワイトカラーが大部分を占めているようにおもいます。学生運動もヒッピーも姿を消し、その代わりアイドルというものが至る所で、消費経済のシンボルとして氾濫しています。おもしろいことに、ヒッピーもアイドルもホワイトカラーと対照的に衣装のカラー色が強いです。とにかく、良い悪いを抜きにして、ユートピアでもヒッピーは自然に帰ろう、愛が一番だとうたいました。今のアイドルは何をうたっているのかな….
今回の作品は、the Doors の音楽を通して60年代後半,70年代の雰囲気を、また、今のホワイトカラーの雰囲気と、両方の世界を出せたらと願っています。
見にきてくださいね。4人のダンサーが踊る予定です。詳しくは、来月お知らせします。